芥川龍之介「羅生門」

芥川龍之介「羅生門」

芥川龍之介の『羅生門』は、日本文学における短編小説の傑作であり、人間の本性と道徳の揺らぎを描いた作品です。物語の舞台は、荒廃しきった平安時代末期の京都、羅生門という古びた門の下です。物語は、失業し、生きる術を失った下人(しもびと)が、この門の下での決断を迫られるところから始まります。

雨の降る薄暗い門の下で、下人はこれからどう生きるべきか思い悩んでいます。道徳的に生きることができないならば、盗みや悪事に手を染めるしかないと考え始めます。そんな時、彼は門の上に誰かがいることに気付き、そっと覗き見ると、そこには一人の老婆がいました。老婆は、死体から髪の毛を抜いて、それを売り物にしようとしていたのです。驚いた下人は、老婆に詰め寄りますが、彼女は「自分も生き延びるために仕方なくこうしているのだ」と弁明します。

老婆の行為を目の当たりにした下人は、「悪に手を染めるのも、生きるためならば仕方がない」という考えに至り、最終的には老婆の着物を奪って去っていきます。物語は、下人が夜の闇の中へと消えていく描写で締めくくられ、読者に強烈な余韻を残します。

『羅生門』は、道徳と生存の狭間に立たされた人間の姿を鋭く描いています。下人は、道徳的な選択と生き延びるための選択のどちらを取るかという究極の選択を迫られ、その結果として自分の生き方を決定します。物語の中で描かれる荒廃した京都や羅生門の荒れ果てた姿は、社会の崩壊や無秩序を象徴しており、その中で人々がどのように生き延びるかというテーマが浮き彫りにされています。

さらに、『羅生門』は、人間の本性に対する深い洞察を示しています。下人の行動は、極限状況に置かれた人間がどのように倫理を捨て、生存のためにどんな行為にも手を染めることができるかを表しています。老婆もまた、自分の行為を正当化し、生き延びるために他人を犠牲にすることを厭わない姿を見せます。これにより、物語は読者に「正義や道徳とは何か?」という問いを投げかけ、答えのない深い問いを残します。

芥川龍之介の『羅生門』は、短い物語でありながら、その中に人間の本質や道徳観の揺らぎを深く描き出しており、読者に強い印象を与える作品です。時代や場所を超えて、今なお人々の心に響き続けるこの作品は、日本文学における重要な一篇として広く評価されています。

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